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デザインの色々やゴタゴタなどのブログ未満の話題、気付き、ウエブクリッピングなどなど
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Archive

Jan
30th
Mon
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高齢者が増え、社会保障費が増大するという「課題」も、やはり増税に利用されています。と言うか、現在の「税と社会保障の一体改革」自体が、この路線です。


とはいえ、わたくしに言わせれば、社会保障費にお金(日本円)が必要ならば、それこそ日銀が通貨を発行してしまえば済んでしまうでしょ、という話なのです。何しろ、「日本円が足りない」という話なのですから。


高齢化に対する備えは、社会保障費云々よりも「高齢者の需要を、日本の国民経済が満たし続けることができるか?」という方がよほど重要です。何しろ、日本円が足りないなら、日銀が発行すれば済んでしまいますが、高齢者の需要を国民経済が満たせなければ、インフレ率が極端に上昇する可能性があります。


というわけで、現在はデフレなのですから、

将来的にインフレを起こさないように、現在の日本国民が『投資(←GDPの一部)』を拡大し、GDPのデフレギャップを埋めましょう

が適切なソリューションになるわけです。消費は、どうせ他の有効需要に牽引されなければ増えませんし、消費がどれだけ増えても国民経済の供給能力はそれほど高まらないので、将来的なインフレ対策にはなりません。現在の日本に必要なのは「投資」なのです。


日本がデフレから脱却し、名目GDPが成長していけば、政府は増収(社会保険費用含む)となり、年金の運用利回りも改善し、社会保障の問題も解決に向かいます。結局、わたくしたちは成長するしかないのです。

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次のような銀行があると、考えてみましょう。
その銀行は、毎朝あなたの口座へ
86400ドルを振り込んでくれます。
同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。
つまり、86400ドルの中であなたがその日に使い切らなかった
金額はすべて消されてしまいます。
あなただったらどうしますか。
もちろん、毎日86400ドル全額を引き出しますよね。
僕たちは一人一人が同じような銀行を持っています。

それは時間です。
毎朝、あなたに86400秒が与えられます。
毎晩、あなたが上手く使い切らなかった
時間は消されてしまいます。
それは、翌日に繰り越されません。
それは、貸し越しできません。
毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。
そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。
もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、
あなたはそれを失ったことになります。
過去にさかのぼることはできません。
あなたは今日与えられた預金のなかから
今を生きないといけません。
だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。
そして、そこから健康、幸せ、成功のために
最大の物を引き出しましょう。
時計の針は走り続けてます。
今日という日に、最大限の物を作り出しましょう。

86400ドル コピペ新聞 (via yangoku)

2008-07-08

(via gkojax-text) (via heuu) (via plasticdreams) (via k32ru) (via pipco) (via infinity-d)

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成績上位の生徒のでは、食事中にバラエティ番組をみない。これは半年に一回の面談で必ず親に確認してるから間違いない。この時間にちゃんと会話をしている。テレビ批判かというとそういうわけじゃなく、「コミュニケーションを大事にしてる」ってことだ。ただ構えばコミュニケーションになるわけじゃない。重要なのはタイミングとメッセージだ。

良い母親は子供の邪魔をしないことを前提に考えている、子供を優先して考えている。だから、子どもの前で家族の会話よりバラエティ番組を優先するようなアホなことはしない。

そもそも自分が一日中のんきにバラエティ番組とかワイドショーとか見ながら子供に「勉強しろ」とか真顔で言える神経を疑う。こういうダブスタを子どもに見せるのは厳禁である。大人同士ならお互いの事情を考慮してスルーしたりできるが、子供はスルーできない。こういう「うそつき」母親からは子供は必ず離れていく。
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最近の学生が「自分の田舎に帰ってデザインの力でふる里を変えたい」と、ものすごい確率でそう言う。ちょっと恐ろしい。

メディアの影響を受け過ぎだし、そもそも、田舎にそういう刺激や、第一、仕事はそんなにないし、デザイン料なんて、ないでしょ?? それらがわかっていればよいのですが・・・・。

ある尊敬するデザイナーがその様子をこう言っていた。「東京の解決すべき問題から、逃げている」と。時代や、デザインの考え方としてのトレンド(!?)もあり、やっと「デザインとはデザイナーのお遊びじゃなくて、社会の問題を解決する大切な行為」ということが、広がってきていることは、いいことじゃないかなとは思う。

実際、どんな田舎町にいても、最近は、A 昔からそういう高い意識で地元と戦っていたデザイナー。B 最近、ふる里に帰ってきて、東京などの修行した経験を生かして、地元をデザインで活性化しようとしているデザイナー。C 僕のように、全国をひとつの視点で見て、AやBのような人が動きやすい生態系を考えるデザインプロデューサー。D そういう動きに触発された地元のデザイナー。E そういう動きに触発された地元のデザイン学生。そして、F そういう動きに触発されて故郷に帰るデザイナー、デザイン学生。


ん、こういう環境の中、地方企業の若社長や、市や県の人も若返り、そうしたことに補助金も設定され、観光もデザインされていく・・・・・。

プチ東京っぽいことが起こりだす。そして、ある都市のようにクリエイションをあきらめてしまう都市もあらわれる。いろいろ経験して「やっぱり、デザインは東京だよな」みたいなことで落ち着く場所も出て来る。


そういう事柄を全体的に理解した上で、どれだけの人が「田舎に帰ってデザインで活性化したい」と言っているかですね。

そう簡単なことではありませんよね。

Jan
27th
Fri
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ある映画のチケットが1800円であるとする。しかし映画が余りにもつまらない時、1800円払った映画を見るべきか、それとも映画館を出て残りの時間を有効に使うか、という事が問題となる。

映画を見るのを止めた場合…チケット代1800円は失うが、残った時間を有効に使うことができる。
映画を見続けた場合…チケット代1800円に加え、約2時間(上映時間)を失う。

この場合、チケット代1800円が埋没費用となる。この埋没費用は、どの選択肢を選んだとしても、絶対に回収できない費用である。このとき、時間を浪費してまで、つまらないと感じる映画を見続けることは、経済学的に合理的な選択ではない。一方、残りの上映時間を有効に使うことは、合理的な選択であるといえる。しかし、多くの人は「1800円がもったいない。元をとらなければ。」などと考え、つまらない映画を見ることに時間を浪費する。
Jan
26th
Thu
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とにもかくにも日本のマスコミで声が大きい人たちは、極論が大好きです。と言うか、真剣に考えていないので、極論以外では語れないのだと思うわけですが。


「平成の開国だ! 反対? 保護貿易主義者が!」
「日本国債はデフォルト!」
「円暴落!」
「日本はハイパーインフレーションになります!」
「官僚制度は抜本的な改革が必要です」


などなど、「正解」があるとしたら、必ず極論と極論の間のどこかにあるはずで、それを模索しながらメンテナンスしていくという考え方が正しいと思うわけですが、

「そんな面倒なことやっていられるかよ! 大体、真面目に問題解決策考えるとかも面倒くさいし。抜本的に改革すれば、今よりはマシになるんじゃねえの?

といった安易な考えに流された評論家たちが少なくなく、テレビや新聞には極論ばかりが踊るという話なのではないかと。


とはいえ、上記のように「極論ばかり・・・」という状況は、実は今も昔も変わらないようで。


孔子の論語に『中庸』という言葉があります。

『中庸の徳たるや、それ至れるかな』

というやつでございます。孔子のいう『中』とは量的に過不足なく、右でも左でもないことであり、『庸』は平常という意味を持ります。すなわち極端な右や極端な左ではない平常こそが『徳』であるという概念になるわけです。

ちなみに、ギリシャの哲学者アリストテレスも、徳は右でも左でもなく中間にあるとして、メソーテス(中間にある、という意味)という言葉を残しています。孔子とアリストテレスという古代の二大哲学者が、『徳は中間にあり』という言葉を残しているのは、実に象徴的ですね。すなわち、二千年の昔から「極論」を叫び、解決策をきちんと考えない人たちがいたという話です。

Jan
25th
Wed
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自衛隊の演習で相手を撹乱するためによく使ったテクニックに「存在しないものに名前をつける」ってのがある。名前がある=存在する。これをうまく相手に誤認識させる。草食系男子なんてのは5年前には存在しなかった
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思うに、何かちょっと物を作ったりすることを楽しみにできる人は貧乏に強い。創作は消費ほどお金がかからないし、作ったものがお金に変わることもときどきあったりする。紙とペンさえあれば、もしくはパソコンさえあれば何時間でも退屈しない、というタイプの人がよく訓練された年季の入った無職には多いように思う。ギター一本あれば何時間でも独りでぺらぺら弾いて遊んでられるとか。故・中島らも御大は「「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある」と言っていた。
Jan
23rd
Mon
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「自分にはかけがえのない個性がある」と思ってる人は、全員同じ顔してます。区別がつきません。

俳句って字数制限キツイし季語とか切れとか定型とかルールがキツイんだからただでさえ個性なんて出ない、まして先人の句を意識してたらなおさら……と考えている人も多いようですが、それは話が逆で、俳句の定型や切れや季語って、全員に制服を着せたらかわいい子とそうじゃない子が残酷なくらいはっきりわかっちゃう、というような意味であなたの言語センスが測られるのです。

Jan
22nd
Sun
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みんなが安い中国野菜を食べて国が農家に補填している。65歳以上が1000兆円の金融資産を持っていて国が1000兆円の借金を抱えている。みんなが100円ショプで買ってお父さんの給料が下がっていく。なんか馬鹿なことしている気がしない?